糸魚川の新鉱物
1.鉱物とは
ダイヤモンドやルビーは宝石として利用されていますが、これらは鉱物と呼ばれます。鉱物は地球上に大量に存在し、宝石以外にも利用される身近な存在です。
人間を始めとする生物の定義は、
- ①外界と隔離する膜があること
- ②エネルギーを使用して生命維持活動をすること
- ③子孫を残すこと
の3つだといわれています。それでは、鉱物の定義は何でしょうか。
鉱物の定義は、
- ①天然で、地質学的な活動によって作られたもの
- ②ある特定の化学組成を持つこと
- ③ある特定の結晶構造を持つこと
とされています。前段のダイヤモンドやルビーは、ある特定の化学組成(ダイヤモンドは炭素、ルビーは酸化アルミニウム)と結晶構造を持ちます。このような物質を鉱物と呼ぶのです。
人間など生物も骨や歯などの硬い物質を持ちます。これらは、燐灰石という鉱物と同じ成分でできていますが、鉱物とは呼ばれません。なぜなら、地質学的な活動によって作られた物ではないからです。しかし、生物が作るこれらの物質を生体鉱物として広い意味での鉱物に含めることもあります。
2.新鉱物とは
世界では、2019年5月の時点で5478種類の鉱物が知られており、毎年新しい鉱物が発見されています。5000種類という数は多いように思われますが、昆虫は世界でおよそ100万種類が知られていますので、生物の種類に比べればとても少ない数です。
新しい鉱物とは、今までに知られている鉱物とは異なる成分や結晶構造を持つ鉱物のことであり、これを新鉱物と呼びます。新鉱物の認定には、国際鉱物学連合(IMA)の中の新鉱物・鉱物命名委員会(CNMMN)の書類審査を通過する必要があります。委員会では、申請のあった鉱物について書類審査を行い、投票で3分の2以上の賛成があった場合は、新鉱物として認定されます。
日本では、2019年時点で140種類を超える新鉱物が発見されており、糸魚川からは6種類が発見されています。フォッサマグナミュージアムでは、日本産新鉱物の一部を展示しています。
3.糸魚川の新鉱物
糸魚川では6種類と、日本国内でも単一の産地としては多くの新鉱物が発見されています。これらの新鉱物には、全てストロンチウムが含まれており、新鉱物の形成メカニズムと関係があることが指摘されています。
糸魚川の新鉱物の発見史については、フォッサマグナミュージアム刊行の書籍「よくわかる糸魚川の大地のなりたち」に詳しく書かれています。
①青海石(おうみせき、Ohmilite)
青海石は、1973年、新潟大学理学部地質鉱物学科の小松正幸博士らにより、糸魚川市青海の苦土リーベック閃石曹長岩中から発見されました。この地域からは、青海石だけではなく新鉱物の奴奈川石や、リューコスフェン、ベニト石などが産出し、金山谷自然環境保全地域として保護されています。
オレンジ色の繊維状結晶の集合体であり化学組成はSr3TiSi4O12(OH)・2H2Oと、ストロンチウムが含まれることが特徴です。バチサイト(Batisite)やハラダイト(Haradaite)に似た、鎖状の結晶構造を持ちます。
②奴奈川石(ぬなかわせき、Nunakawaite) 正式には、ストロンチウム斜方ジョアキン石(Strontio-orthojoaquinite)
奴奈川石(ストロンチウム斜方ジョアキン石)は、1974年に新潟大学理学部地質鉱物学科の茅原一也博士らにより、糸魚川市青海の苦土リーベック閃石曹長岩から発見されました。
化学組成はSr2Ba2(Na,Fe2+)2Ti2Si8O24(O,OH)・H2Oで、斜方晶系に属しますが、単斜晶系のものや、それ以外の多形(ポリタイプ)についても報告されています。
発見者は、糸魚川地域の古い呼び名である奴奈川の地名から、奴奈川石と名付けましたが、実際には正式な報告がなされていませんでした。そのため、1982年にアメリカのサンベニトから同じ鉱物が報告され、正式名称はストロンチウム斜方ジョアキン石となります。
③糸魚川石(いといがわせき、Itoigawaite)
糸魚川石は、1998年にフォッサマグナミュージアムの宮島宏学芸員らによって、糸魚川市内の親不知海岸にあったヒスイの転石から発見されました。化学組成は、SrAl2(Si2O7)(OH)2・H2Oであり、ローソン石(CaAl2Si2O7(OH)2·H2O)のカルシウムをストロンチウムに置換した組成となります。
初めて糸魚川石が発見されたヒスイは、1990年頃に糸魚川の親不知付近の海中から発見されたものでした。白色~ラベンダー色のヒスイの表面に青インクのような透明感のある鉱物が含まれており、フォッサマグナミュージアムで分析を行いましたが、最初はケイ素とアルミニウムの組成しか検出できず新鉱物であることは分かりませんでした。
その後、1998年に同じく糸魚川糸魚川産の新鉱物である蓮華石の分析経験から、もう一度青インクのような鉱物を分析したところ、ケイ素のピークに重なっていたストロンチウムを検出することができ、新鉱物であることが分かりました。
糸魚川石を含んでいるヒスイは、親不知の海岸で発見されたものですが、当初は糸魚川の海岸で採集されたものだと考えられていました。この当時の親不知は、青海町という別の市町村でした。
新鉱物は発見者に名前を決める権利が与えられますが、たいていの場合は、その鉱物が発見された地名や鉱山名、日本の鉱物学に貢献した人の名前、既存の鉱物名の前に化学組成などを付け加え、命名します。糸魚川石の場合は、糸魚川において世界で初めて見つかった鉱物のため「糸魚川石」という名前が付きました。実際は、旧青海町の親不知産であったわけですが、現在では市町合併して旧青海町も糸魚川市となっています。
④蓮華石(れんげせき、Rengeite)
蓮華石は、2001年にフォッサマグナミュージアムの宮島宏学芸員らによって、糸魚川糸魚川市内の海岸にあったヒスイの転石から発見されました。化学組成は、Sr4ZrTi4Si4O22で、単斜晶系ですが、斜方晶系の蓮華石(斜方蓮華石)も発見されています。ペリエル石と同じ結晶構造を持ち、ストロンチウムとジルコニウムが含まれています。
蓮華石の名前は蓮華変成帯にちなんだものであり、この蓮華の名前は、糸魚川から見た白馬岳を中心とした山々が蓮の花びらのように見えることから付けられました。新潟県の最高峰は糸魚川市にあり、小蓮華山と呼ばれていますが、白馬岳は古くは大蓮華山と呼ばれていました。
蓮華石は、小滝川産のラベンダーヒスイや姫川産の淡青緑色ヒスイからも発見されています。研究の結果、ラベンダーヒスイにはそれほどめずらしくないことが分かりました。肉眼では、黒色の微細な鉱物として観察することができます。
⑤松原石(まつばらせき、Matsubaraite)
松原石は、2002年にフォッサマグナミュージアムの宮島宏学芸員らによって、糸魚川糸魚川市小滝川にあったヒスイの転石から発見されました。化学組成はSr4Ti5(Si2O7)2O8で、単斜晶系に属し、蓮華石の成分であるジルコニウムをチタンに置き換えた組成となります。
発見当初は、発見場所である小滝川にちなみ、小滝石(Kotakiite)とする案もありましたが、日本の新鉱物発見に対し多大な貢献をした、国立科学博物館の松原聰博士にちなみ、松原石となりました。
⑥新潟石
新潟石は、2003年にフォッサマグナミュージアムの宮島宏学芸員らによって、糸魚川市内の海岸にあったぶどう石とダイアスポアを含む転石から発見されました。化学組成はCaSrAl3(Si2O7)(SiO4)O(OH)で、単斜晶系に属し、単斜灰簾石(Clinozoisite)のカルシウムの半分をストロンチウムで置換した組成となります。
ストロンチウムを主成分とする緑簾石の仲間は、当時はストロンチウム紅簾石が知られていました。この命名方法を参考にすると、ストロンチウムを含む単斜灰簾石は、ストロンチウム単斜灰簾石となります。しかし、この名前は長いこと、ストロンチウムと単斜という二つの形容詞が付くことから、産地の県の名前をとって、新潟石としました。このように県の名前が付く新鉱物は、東京石や千葉石などがあります。
新潟石は、2006年に緑簾石の仲間の命名規則が変更されたことにより、一時は鉱物名でなくなりました。そのため、ストロンチウム単斜灰簾石と呼ばれていましたが、2016年に再度命名規則が変更となり、現在は新潟石と認められています。